2018年01月14日

小正月と"さ"の神

毎年恒例の地区行事"どんど焼き"が行われました。高齢化が進んでいる町内にあっても、とりわけ高齢化が進んでいる私が生まれ、育ち、今も住んでいる田方(たんぼ)地区の新年行事です。

この行事は長野県だけでなく全国的にも見られるもので、"どんどん焼き"、"左義長"など呼び方は様々です。小正月には米粉で作った繭玉を飾ったり、メザシの頭をビンカの枝に刺して飾ったりして楽しみな行事の一つでした。

正月の松飾りを焼き、その燃えた灰で餅を焼いて食べると風邪をひかないなどと言われ、灰で黒く焦げた餅やダンゴを食べた少し苦い記憶が蘇ります。

また、長野市にいた時同じような行事があり、子どもと一緒に参加した時にミカンを焼いて食べていたら長野市在住の方にビックリされたことに私がビックリ⁉️小さな頃から当たり前にミカンを焼いて食べていたので同じ長野県人でも違うものと伝統文化の違いをそうした行事を通じて感じました。

そして、小正月というと思い出す話があります。それは民俗学を専攻していたK大学の西岡秀雄教授の講義です。西岡先生いわく、我が国には"さの神"という原始の神様がいたという説を講義してくれました。
それは道祖神信仰にも繋がるものと思いますが、原始的信仰は路傍の石でも山でも、木でも有りとあらゆるものが信仰の対象として崇められて来たというもので現在そうしたものが残っているのが
小正月の行事などであるという事を言っておられました。

その原始宗教において"さの神"様がおられるという民俗学的な見方から非常に興味深い話をされています。"さ"という語に注目した先生は、日本古来の祭りで必要となる物などに"さ"という語が多く使われていることが、その証であると説明されていました。

例えば、サカキ(榊)、サケ(酒)、サカナ(魚)、盃)、さしみ(刺身)、サクラ(桜)サラ(皿)などなど祭り など神様へ供するものや関わりのあるものやことが実に多いことがそれを証明する。と言っておられました。

日本の言葉自体は、その後に入って来た漢字と融合して現在の表現となっていたり、そのまま使われていたりと一概には言えないものがあると思いますが、皆さんはどう思われますでしょうか?

西岡先生は、"さの神"は更に現在でも使われる"さい(塞)の神"に繋がっているとの仮説を言っておられました。

昨年、当町で日本最古の"栗"が発見されたという事を発信しましたが、古代縄文人も小正月の行事をやっていたのでしょうか?古代のマロンじゃない"ロマン"あふれる話です。お後がよろしいようで・・・

(お日待ちの神様をお迎えする神棚が出来ました)
小正月と"さ"の神



(どんど焼きです。焚き上げるお松も少なくなって来てますが、皆さん持ち寄って元気にお餅やダンゴを焼いています)
小正月と"さ"の神



(色とりどりのダンゴを持って来ている人もいます)
小正月と"さ"の神



(神事の後は会場を移して高田整骨院の高田先生の講義による健康づくり講座をしました)
小正月と"さ"の神



今年一年が町民の皆様、そしてブログ読者の皆様もご健康で益々ご活躍いただき、安寧な一年でありますようにご祈念申し上げます。




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Posted by 大屋誠 at 09:55│Comments(0)プライベート
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