2024年02月25日
信州農村歌舞伎を観て
25日はプライベートで雪が舞う中、権兵衛峠を越えて伊那文化会館で『信州農村歌舞伎』を観させて頂きました。
今年は南木曽町、大鹿村そして下條村の3町村の保存会が参加しての興行となりました。上松町も過去に上若連が参加したことがあります。
南木曽町は『絵本太閤記十段目 尼ヶ崎閑居の段』、大鹿村は『鎌倉三代記 三浦別れの段』、下條村は『非人景清日向島 人丸恩愛の段』の演目で演じられました。
地歌舞伎の多くは江戸時代の中期から後期に江戸から伝えられていますが、当時の幕府の禁政策で興行としては出来なかったので、奉納歌舞伎として伝えられて来ました。
△入口の案内

△雪降りだったので観客少ないかと思いましたがほぼ満席でした。

披露された演目を演じた役者さんも見事でしたが、三味線を弾く太夫さん、舞台の影の進行を助ける黒子さんなど一体となった晴れの舞台となりました。
△太夫さん

指先、足の捌きなどとても素人とは思えないもので毎回感激して帰ります。後継者の問題もありますが、若い人に繋げて欲しい文化です。是非次の機会も楽しみにしたいと思います。
△熱演の風景



地歌舞伎の紹介コーナーで上松町に上若連の『佐倉惣五郎 子別れの段』も紹介されていました。
今年は南木曽町、大鹿村そして下條村の3町村の保存会が参加しての興行となりました。上松町も過去に上若連が参加したことがあります。
南木曽町は『絵本太閤記十段目 尼ヶ崎閑居の段』、大鹿村は『鎌倉三代記 三浦別れの段』、下條村は『非人景清日向島 人丸恩愛の段』の演目で演じられました。
地歌舞伎の多くは江戸時代の中期から後期に江戸から伝えられていますが、当時の幕府の禁政策で興行としては出来なかったので、奉納歌舞伎として伝えられて来ました。
△入口の案内

△雪降りだったので観客少ないかと思いましたがほぼ満席でした。

披露された演目を演じた役者さんも見事でしたが、三味線を弾く太夫さん、舞台の影の進行を助ける黒子さんなど一体となった晴れの舞台となりました。
△太夫さん

指先、足の捌きなどとても素人とは思えないもので毎回感激して帰ります。後継者の問題もありますが、若い人に繋げて欲しい文化です。是非次の機会も楽しみにしたいと思います。
△熱演の風景



地歌舞伎の紹介コーナーで上松町に上若連の『佐倉惣五郎 子別れの段』も紹介されていました。
Posted by 大屋誠 at
15:09
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2024年02月22日
能登半島地震災害支援(上松町2陣出発)
24日に能登半島地震災害支援チームとして派遣される職員2名の激励会を開催しました。今回派遣で向かうのは地震で最も被害が多かった石川県輪島市に避難所の支援に当たります。
△激励の様子です。

24日に出発し翌日から避難所の運営や夜間の警備に当たるそうです。まだ余震の心配もありますが、輪島市は有名な朝市が並び活況を呈していただけに焦土と化した現地の様子を見ると二ヶ月近く経ってもその臭いや風などを感じるのではないでしょうか。
職員には被災地の住民の皆さんには『頑張って』という言葉による声がけは却って辛い想いにさせてしまう事も考えられるので、『私たちが付いています。何でも相談してください。』という寄り添った言葉にする様にとアドバイスをしました。
若い職員が当初のミッションを達して帰還する事を願うとともに、自分の事として貴重な体験を積んできて欲しいと送り出しました。
△激励の様子です。

24日に出発し翌日から避難所の運営や夜間の警備に当たるそうです。まだ余震の心配もありますが、輪島市は有名な朝市が並び活況を呈していただけに焦土と化した現地の様子を見ると二ヶ月近く経ってもその臭いや風などを感じるのではないでしょうか。
職員には被災地の住民の皆さんには『頑張って』という言葉による声がけは却って辛い想いにさせてしまう事も考えられるので、『私たちが付いています。何でも相談してください。』という寄り添った言葉にする様にとアドバイスをしました。
若い職員が当初のミッションを達して帰還する事を願うとともに、自分の事として貴重な体験を積んできて欲しいと送り出しました。
Posted by 大屋誠 at
17:21
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2024年02月16日
年度最後の上京(御嶽海関結婚披露宴、林野庁訪問)
12日は大相撲で活躍する御嶽海関の結婚披露宴に招かれ上京しました。招待された方が約500人という盛大な式で大相撲で活躍する横綱照ノ富士関、高安関など紹介できないほど多くの関取衆も身近で拝見する事ができました。とりわけ親友とお聞きしましたが、若隆景関は容姿がとても可愛く女性のファンが一緒に写真をお願いされていました。
また芸能界の方もおり、御嶽海関の交友の広さを感じました。
披露宴はプライベートな事ですので、写真等の掲載は遠慮しましたが、入り口に贈られた化粧まわしがありましたのでご紹介します。
△化粧まわしの数々

また今回私も初めてお嫁さんと娘さんたちにお会いすることが出来ました。とても可愛いお嫁さん、お子さんでした。
新型コロナの影響やお父さんやフィリピンの祖母の突然の死去などがあって晴れの披露宴を迎えただけに感慨ひとしおだったと思います。
入場に際しては父春男さんの遺影を抱いて入場しましたが、小さい時から温かく、そして時には厳しかったお父さんに見て欲しかったものと思います。
護るべき家庭ができたことを励みにして再度大関に返り咲き、更にその上を目指して欲しいと思うのはファン皆んなの願いだと思います。
因みに2月12日は関取が出羽の海部屋に入門した日だそうで、恐らくこの日を選んだのは心機一転で臨む決意を誓ったからではないでしょうか。
翌13日は午前はB&G財団、午後は林野庁を訪問しました。林野庁には木曽悠久の森管理委員会で昨年伊勢神宮式年遷宮の御神木を悠久の森から御用材として供出する事を認めてもらったお礼で伺いました。
林野庁では小坂次官、橘国有林野部長さんと面談させて頂き日頃の赤沢自然休養林のお礼と最近の状況についてお話をさせて頂きました。
面会までに時間があったので掲示物を見ていると高校生や中学生が作ったポスターがありましたので拝見しましたが、どれも全国表彰を受けるだけの力作揃いでしたのでご紹介します。
△実物のポスターは細かい筆使いも見えて素晴らしいものです。

また芸能界の方もおり、御嶽海関の交友の広さを感じました。
披露宴はプライベートな事ですので、写真等の掲載は遠慮しましたが、入り口に贈られた化粧まわしがありましたのでご紹介します。
△化粧まわしの数々

また今回私も初めてお嫁さんと娘さんたちにお会いすることが出来ました。とても可愛いお嫁さん、お子さんでした。
新型コロナの影響やお父さんやフィリピンの祖母の突然の死去などがあって晴れの披露宴を迎えただけに感慨ひとしおだったと思います。
入場に際しては父春男さんの遺影を抱いて入場しましたが、小さい時から温かく、そして時には厳しかったお父さんに見て欲しかったものと思います。
護るべき家庭ができたことを励みにして再度大関に返り咲き、更にその上を目指して欲しいと思うのはファン皆んなの願いだと思います。
因みに2月12日は関取が出羽の海部屋に入門した日だそうで、恐らくこの日を選んだのは心機一転で臨む決意を誓ったからではないでしょうか。
翌13日は午前はB&G財団、午後は林野庁を訪問しました。林野庁には木曽悠久の森管理委員会で昨年伊勢神宮式年遷宮の御神木を悠久の森から御用材として供出する事を認めてもらったお礼で伺いました。
林野庁では小坂次官、橘国有林野部長さんと面談させて頂き日頃の赤沢自然休養林のお礼と最近の状況についてお話をさせて頂きました。
面会までに時間があったので掲示物を見ていると高校生や中学生が作ったポスターがありましたので拝見しましたが、どれも全国表彰を受けるだけの力作揃いでしたのでご紹介します。
△実物のポスターは細かい筆使いも見えて素晴らしいものです。

Posted by 大屋誠 at
09:48
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2024年02月11日
木曽青峰高校インテリア科展
10日木曽町にある木曽青峰高校でインテリア科生徒作品展示・即売会があり様子を拝見に伺いました。私は産業教育振興会の役員を現在勤めていますが、初めて県の職員で勤務したのが木曽青峰高校の前身の“木曽山林高校”ということで懐かしい思い出もあります。
昔は木材工芸を中心とした学科でしたが、今は加えてプロダクトデザインやデザイン系の分野が多くなってきています。
生徒が作成した木工品については即売されるということで住民の皆さんにも人気がある催しとなっています。
△抽選を待つ人たち

小物は即売されますが今年は売り上げの一部を能登半島地震への寄付に充てる旨の掲示がされていました。
△寄付の掲示

以前は森林環境科の発表などもあったので、賑わいも違った感はありますが、生徒が駐車場の整理、受付などをしている姿を見ると清々しく感じました。
生徒の作品は自由なテーマで取り組むものがあり、木曽町日義の生徒は『自分はお祭りの長持が好きだ』との事で「長持知名度爆上化計画」なるものを作り、祝い歌を紹介したり、スキー場の発展に寄与するアイディアをという地元密着型のものが多く見受けられました。
△発表作品の数々


短い時間でしたが若者の感性に触れた楽しい時間を過ごさせて頂きました。
昔は木材工芸を中心とした学科でしたが、今は加えてプロダクトデザインやデザイン系の分野が多くなってきています。
生徒が作成した木工品については即売されるということで住民の皆さんにも人気がある催しとなっています。
△抽選を待つ人たち

小物は即売されますが今年は売り上げの一部を能登半島地震への寄付に充てる旨の掲示がされていました。
△寄付の掲示

以前は森林環境科の発表などもあったので、賑わいも違った感はありますが、生徒が駐車場の整理、受付などをしている姿を見ると清々しく感じました。
生徒の作品は自由なテーマで取り組むものがあり、木曽町日義の生徒は『自分はお祭りの長持が好きだ』との事で「長持知名度爆上化計画」なるものを作り、祝い歌を紹介したり、スキー場の発展に寄与するアイディアをという地元密着型のものが多く見受けられました。
△発表作品の数々


短い時間でしたが若者の感性に触れた楽しい時間を過ごさせて頂きました。
2024年02月11日
木曽広域連合及び構成6町村と一般財団法人地域活性化センターとの人材育成連携協定
9日は午前中は木曽寮の竣工式、午後は一般財団法人地域活性化センターとの連携協定調印式と二つの式典があり慌ただしい1日となりました。
地域活性化センターは地方創生にかかる財団として総務省所管の団体で、地方創生の人材育成に係るイベントや自治体職員を受け入れて人材育成を支援している財団法人です。
この日は林崎理事長、篠田総務企画部長他職員の皆さんにお越し頂き調印式を行いました。地域活性化センターとの連携協定調印は長野県では初めて、また広域連合との締結は全国で初めてとのこととお聞きしました。
△調印式。挨拶しているのが林崎理事長さんです。

この縁は県の渡辺木曽振興局長さんが篠田部長さんと旧知の間柄とのことで話が進みこの日を迎えました。具体的な内容についてはこれから広域連合を中心に調整していくことになりますが、人材育成はどこの自治体もその重要性は認めるものの、具体的にどう動いたら良いかなかなかに悩むことです。
センターが発刊する『地域づくり』総集編、特集編という冊子が送られて来て拝見しますが、全国の先進事例で頑張っている自治体でヒントとなるものが多くあり私も気になる記事を職員にコピーして配っています。
今回の締結により職員派遣について大きく道が開かれた事になり、若手職員が広い視野と最先端の情報を得る機会が出来ればと考えています。同行して来た富山県南砺市から派遣されて来ている竹村さんは一年目という事でしたが、とても明るく爽やかな方でした。
私も県から町村派遣で1年間出向しましたが今でも一緒に仕事をした方との旧交があり、とても貴重な体験で財産となっています。そんな若手がどんどん出てくる事に期待したいと願う調印式でした。
△記念写真

地域活性化センターは地方創生にかかる財団として総務省所管の団体で、地方創生の人材育成に係るイベントや自治体職員を受け入れて人材育成を支援している財団法人です。
この日は林崎理事長、篠田総務企画部長他職員の皆さんにお越し頂き調印式を行いました。地域活性化センターとの連携協定調印は長野県では初めて、また広域連合との締結は全国で初めてとのこととお聞きしました。
△調印式。挨拶しているのが林崎理事長さんです。

この縁は県の渡辺木曽振興局長さんが篠田部長さんと旧知の間柄とのことで話が進みこの日を迎えました。具体的な内容についてはこれから広域連合を中心に調整していくことになりますが、人材育成はどこの自治体もその重要性は認めるものの、具体的にどう動いたら良いかなかなかに悩むことです。
センターが発刊する『地域づくり』総集編、特集編という冊子が送られて来て拝見しますが、全国の先進事例で頑張っている自治体でヒントとなるものが多くあり私も気になる記事を職員にコピーして配っています。
今回の締結により職員派遣について大きく道が開かれた事になり、若手職員が広い視野と最先端の情報を得る機会が出来ればと考えています。同行して来た富山県南砺市から派遣されて来ている竹村さんは一年目という事でしたが、とても明るく爽やかな方でした。
私も県から町村派遣で1年間出向しましたが今でも一緒に仕事をした方との旧交があり、とても貴重な体験で財産となっています。そんな若手がどんどん出てくる事に期待したいと願う調印式でした。
△記念写真

2024年02月10日
新“木曽寮”移転改築竣工式
平成28年の改築検討委員会設置から足かけ8年を経て9日、“新木曽寮”が関係者の御尽力により無事竣工の日を迎え式典が挙行されました。
△正面玄関

養護老人ホーム木曽寮の歴史を紐解くと昭和27年に上松町立駒ヶ根養老院が設置されたことから始まり、以来、70年余の歴史を刻んできました。当町の小野地区に旧木曽寮に移転し現在まで55年間木曽郡唯一の養護老人ホームとして老人福祉施設として親しまれて来ました。
建物が経年劣化により建て替えが必要となり、木曽広域連合として検討委員会、あり方検討委員会を設置して移転場所や運営方法など検討して来ました。
今回の改築に当たっては移転場所、運営方法が主な課題として検討され、結果的には今回の下河原地籍に移転し、木曽社会福祉事業協会が指定管理者として運営する事になりました。
答申に至るまでの検討委員会及びあり方検討委員会の委員の皆さん、広域連合議会で議論を頂いた議員の皆さん、県や国レベルで支援して頂いた関係機関の皆さん、土地を提供頂いた地権者の皆さん、そして工事に当たっては巨石の処理や自然再生エネルギーの採用など当初計画に無かった事に対応して頂いた設計工事関係者の皆さん全てに感謝申し上げたいと思います。
△原連合長さんの挨拶風景

建物は鉄筋コンクリート構造で地上一階(一部2階)で、入居定員は55人、短期入所3人となっており、全室が個室となっています。
様々な介護度に合わせて3種類の浴槽が設置されています。また、SDGSに寄与する太陽光発電、木質バイオマスボイラーを設置しています。
更に災害時には建物内で垂直避難できるように2階部分が集会施設となっています。
また食事提供においてはニュークックチル方式を採用し、予め数回分の食事を作って置き、提供時に温める方法を採用しました。コンロは全て電熱方式でガス等のコンロは使わないようになっています。
新しい木曽寮が地域の皆さんに親しまれ、木曽寮が目指す基本理念の『一人ひとりの個性を大切にした生活と、心のふれあいのある生活支援と介護を通して、もう一つの家族として安らぎと信頼を提供できる施設を目指します』(*一部抜粋)となるように願う竣工式となりました。
△正面玄関

養護老人ホーム木曽寮の歴史を紐解くと昭和27年に上松町立駒ヶ根養老院が設置されたことから始まり、以来、70年余の歴史を刻んできました。当町の小野地区に旧木曽寮に移転し現在まで55年間木曽郡唯一の養護老人ホームとして老人福祉施設として親しまれて来ました。
建物が経年劣化により建て替えが必要となり、木曽広域連合として検討委員会、あり方検討委員会を設置して移転場所や運営方法など検討して来ました。
今回の改築に当たっては移転場所、運営方法が主な課題として検討され、結果的には今回の下河原地籍に移転し、木曽社会福祉事業協会が指定管理者として運営する事になりました。
答申に至るまでの検討委員会及びあり方検討委員会の委員の皆さん、広域連合議会で議論を頂いた議員の皆さん、県や国レベルで支援して頂いた関係機関の皆さん、土地を提供頂いた地権者の皆さん、そして工事に当たっては巨石の処理や自然再生エネルギーの採用など当初計画に無かった事に対応して頂いた設計工事関係者の皆さん全てに感謝申し上げたいと思います。
△原連合長さんの挨拶風景

建物は鉄筋コンクリート構造で地上一階(一部2階)で、入居定員は55人、短期入所3人となっており、全室が個室となっています。
様々な介護度に合わせて3種類の浴槽が設置されています。また、SDGSに寄与する太陽光発電、木質バイオマスボイラーを設置しています。
更に災害時には建物内で垂直避難できるように2階部分が集会施設となっています。
また食事提供においてはニュークックチル方式を採用し、予め数回分の食事を作って置き、提供時に温める方法を採用しました。コンロは全て電熱方式でガス等のコンロは使わないようになっています。
新しい木曽寮が地域の皆さんに親しまれ、木曽寮が目指す基本理念の『一人ひとりの個性を大切にした生活と、心のふれあいのある生活支援と介護を通して、もう一つの家族として安らぎと信頼を提供できる施設を目指します』(*一部抜粋)となるように願う竣工式となりました。
Posted by 大屋誠 at
14:39
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2024年02月10日
砂防の願い(木曽南部直轄砂防現地視察)
8日午後から国土交通省多治見砂防国道事務所が大桑村、南木曽町で進めている直轄砂防事業地を視察しました。
木曽南部直轄砂防推進協議会では毎年この時期に現地視察を行なっています。近年の梅雨前線や大型台風の豪雨などによって引き起こされる土砂災害は住民からの関心も高まって来ています。
しかしながら、実施している場所が居住地から離れている山あいの所が多く人の目につきにくい所が多く住民の目に触れる機会は少ないと思います。
そういう中にあって今回の二箇所の視察地は国道や住家も近いところでした。
△大桑村役場に集合して出発


この日は森下多治見砂防国道事務所長さん他職員の皆さんと木曽南部直轄砂防推進協議会の構成員である大桑村、南木曽町、王滝村、上松町の職員とネットワーク議連の議長さん方が参加しての視察でした。
一ヶ所目は大桑村野尻地籍で進められている下在(しもざい)砂防堰堤工群のうちの宮の沢堰堤工の現場です。この現場も含め4箇所この地域では計画されているとのことですが、堰堤の下には国道19号が走っており、また直下には住家が密集し更にはJR中央本線が走っています。
木曽南部直轄砂防事業地の特徴としては下流に住居があること、主要幹線である国道19号とJR線とほぼ直角に交差する所にあり、もし土石流が発生すると住民の生命が危険に晒されるだけでなく、更には長野方面と中京圏を結ぶ経済や人の流れの大動脈に大きな影響を及ぼすことになります。
△宮の沢堰堤(真ん中が流木を抑えて土石流のエネルギーを減少する鋼管が入っています。=スリット型構造と言います)


下在工群堰堤の工事は現在今回視察地の宮の沢の他2箇所(蛇抜沢、深沢)で完成、或いは着工しており、中河原沢が現在検討中との事でした。
次に向かったのは、南木曽町の和合蛇抜沢沈砂地工の現場です。南木曽町においては過去幾度となく土石流災害に見舞われています。これは南木曽町の市街地のすぐ上部に小さな渓流を有する急峻な山が迫っており、かつ南木曽岳(標高1679m)がその後ろにあり、その上昇気流が集中豪雨をもたらすと聞いたことがあります。
私自身も南木曽の豪雨を体験したことがありますが、“白い雨“と言われる豪雨は車のワイパーが浮き上がる感じで慌てて停車した体験があり、雨の多い木曽で育った私でも恐怖を感じる降り方でした。
南木曽の事業地は名前も『蛇抜沢』の名の通り土石流が過去に発生した所です。直下には先に視察した大桑村野尻下在と同様に住家、JR、国道が走っています。
△和合蛇抜沢沈砂地


この沈砂地工は工事現場の上で大きく沢が左に迂回した流れになっており、もし土石流が発生した時にはそのエネルギーはまっすぐ来るのでそれに対応するものとお聞きしました。
今回の視察で感じたことは地図上で見るのと実際に現場で見るとでは距離感がより近く、また実際に起こった場合には避難するには時間が限られると感じました。そうした時にこうした工事が進められている事に安全な上に安心が成り立っている事を改めて認識いたしました。
木曽南部直轄砂防推進協議会では毎年この時期に現地視察を行なっています。近年の梅雨前線や大型台風の豪雨などによって引き起こされる土砂災害は住民からの関心も高まって来ています。
しかしながら、実施している場所が居住地から離れている山あいの所が多く人の目につきにくい所が多く住民の目に触れる機会は少ないと思います。
そういう中にあって今回の二箇所の視察地は国道や住家も近いところでした。
△大桑村役場に集合して出発


この日は森下多治見砂防国道事務所長さん他職員の皆さんと木曽南部直轄砂防推進協議会の構成員である大桑村、南木曽町、王滝村、上松町の職員とネットワーク議連の議長さん方が参加しての視察でした。
一ヶ所目は大桑村野尻地籍で進められている下在(しもざい)砂防堰堤工群のうちの宮の沢堰堤工の現場です。この現場も含め4箇所この地域では計画されているとのことですが、堰堤の下には国道19号が走っており、また直下には住家が密集し更にはJR中央本線が走っています。
木曽南部直轄砂防事業地の特徴としては下流に住居があること、主要幹線である国道19号とJR線とほぼ直角に交差する所にあり、もし土石流が発生すると住民の生命が危険に晒されるだけでなく、更には長野方面と中京圏を結ぶ経済や人の流れの大動脈に大きな影響を及ぼすことになります。
△宮の沢堰堤(真ん中が流木を抑えて土石流のエネルギーを減少する鋼管が入っています。=スリット型構造と言います)


下在工群堰堤の工事は現在今回視察地の宮の沢の他2箇所(蛇抜沢、深沢)で完成、或いは着工しており、中河原沢が現在検討中との事でした。
次に向かったのは、南木曽町の和合蛇抜沢沈砂地工の現場です。南木曽町においては過去幾度となく土石流災害に見舞われています。これは南木曽町の市街地のすぐ上部に小さな渓流を有する急峻な山が迫っており、かつ南木曽岳(標高1679m)がその後ろにあり、その上昇気流が集中豪雨をもたらすと聞いたことがあります。
私自身も南木曽の豪雨を体験したことがありますが、“白い雨“と言われる豪雨は車のワイパーが浮き上がる感じで慌てて停車した体験があり、雨の多い木曽で育った私でも恐怖を感じる降り方でした。
南木曽の事業地は名前も『蛇抜沢』の名の通り土石流が過去に発生した所です。直下には先に視察した大桑村野尻下在と同様に住家、JR、国道が走っています。
△和合蛇抜沢沈砂地


この沈砂地工は工事現場の上で大きく沢が左に迂回した流れになっており、もし土石流が発生した時にはそのエネルギーはまっすぐ来るのでそれに対応するものとお聞きしました。
今回の視察で感じたことは地図上で見るのと実際に現場で見るとでは距離感がより近く、また実際に起こった場合には避難するには時間が限られると感じました。そうした時にこうした工事が進められている事に安全な上に安心が成り立っている事を改めて認識いたしました。
2024年02月08日
商工会の皆さんとの懇談
8日夜、商工会主催の懇談会があり出席しました。私から新型コロナ対策として町内で使える“支えあい商品券”、更に物価高への対策として“生活応援商品券”など住民の皆さんへの支援とその事業を通じて地域経済を喚起しながら商工業者の支援につながるよう本年度行ってきたことを説明しました。
また経済の面では都市部の大企業においては過去最高益を出すという報道がある一方で地方には実感が無いような状況である。
そういう状況でもあるがインバウンドの増加により観光業は持ち直しつつあるなど、混沌とした先行きが不透明な状況が続いていると話させて頂きました。
また、働き方改革が進む中で流通・運送業界の大きな変革もあり、働き方改革が医療など様々な分野に広がっていることなど商工業者の皆さんにも直接影響が出る問題があるとお話しさせて頂きました。
能登半島地震のように東海沖、東南海沖でも巨大地震のリスクは指摘され、また地球温暖化による海水温の上昇は頻発する豪雨災害や巨大台風を引き起こす起こす恐れがあること。また人口減少に加えて子どもたちが生まれてくる人数が急激に落ち込んでいることなど様々な分野で多くの課題があり、今までのような考えでは解決できないところまで来ていると話させて頂きました。
そうした厳しい状況の下、私たちは行政を進める上で、私も含め私たちは「今生きていること、これからも生きていく上では『覚悟』を持って臨む必要があると」話させて頂きました。
またその覚悟とは、言い換えれば悲壮なものでなく、「予想される事態に対して強く決心すること」、「心の中に意志や心構えをしっかりとする事」、「危険な事に相対する事」であると話させて頂きました。
その上で行政だけでなくここにいる商工業者の皆さんや住民の皆さんとともに難しい局面に立ち向かっていく必要があり、皆さんの更なるご理解とご協力を頂きたいとお願いしました。
△懇談会の様子

懇談では商工業者の皆さんが抱えている不安や町の考え、方針についての質問や具体的な提言を頂きました。
予定時間をオーバーした懇談会となりましたが、新型コロナの影響でこうした場も出来ませんでした。商工会の山田会長さんからこうした会を是非ともいくつかの専門的な集まりで出来ればという提案もあり、有意義な懇談会となりました。
また経済の面では都市部の大企業においては過去最高益を出すという報道がある一方で地方には実感が無いような状況である。
そういう状況でもあるがインバウンドの増加により観光業は持ち直しつつあるなど、混沌とした先行きが不透明な状況が続いていると話させて頂きました。
また、働き方改革が進む中で流通・運送業界の大きな変革もあり、働き方改革が医療など様々な分野に広がっていることなど商工業者の皆さんにも直接影響が出る問題があるとお話しさせて頂きました。
能登半島地震のように東海沖、東南海沖でも巨大地震のリスクは指摘され、また地球温暖化による海水温の上昇は頻発する豪雨災害や巨大台風を引き起こす起こす恐れがあること。また人口減少に加えて子どもたちが生まれてくる人数が急激に落ち込んでいることなど様々な分野で多くの課題があり、今までのような考えでは解決できないところまで来ていると話させて頂きました。
そうした厳しい状況の下、私たちは行政を進める上で、私も含め私たちは「今生きていること、これからも生きていく上では『覚悟』を持って臨む必要があると」話させて頂きました。
またその覚悟とは、言い換えれば悲壮なものでなく、「予想される事態に対して強く決心すること」、「心の中に意志や心構えをしっかりとする事」、「危険な事に相対する事」であると話させて頂きました。
その上で行政だけでなくここにいる商工業者の皆さんや住民の皆さんとともに難しい局面に立ち向かっていく必要があり、皆さんの更なるご理解とご協力を頂きたいとお願いしました。
△懇談会の様子

懇談では商工業者の皆さんが抱えている不安や町の考え、方針についての質問や具体的な提言を頂きました。
予定時間をオーバーした懇談会となりましたが、新型コロナの影響でこうした場も出来ませんでした。商工会の山田会長さんからこうした会を是非ともいくつかの専門的な集まりで出来ればという提案もあり、有意義な懇談会となりました。
Posted by 大屋誠 at
09:36
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2024年02月07日
新年度に向けて(予算査定)
今週は月曜日から令和6年度当初予算の査定が始まり、今日で最終日を迎えました。当初予算査定は新年度に向けて主要施策に具体的に予算付け作業をしていくものになり、行政の重要なものになります。
先週までの副町長査定が終わり、その中で町長が新規事業や次年度以降にも継続する事業についての方向性を示すものとなります。
町村財政の自主財源は少なく、国からの普通交付税や補助金に頼らざるをえない面があります。そして国が『起債』という形で自治体としては借金となりますが、後で交付税措置として返ってくるものもありますがそれが過度なものになるといわゆる借金で自由な行政執行が出来なくなります。
地域からの要望やこれからの地域づくり、そして過去からの事業による借金などを総合的に考えなけばなりません。
各課からは切実な地域の要望や必要な施策について上がってきますが、どうしても全体の中から希望に添えないものもあり、それまで職員が苦労して積み上げてきたを思うと辛いものがあります。
しかしながら、これで今回はダメでも次に繋がることがあります。常に新しいことや絶対にこれから必要な事を追い求めることが職員のモチベーションに繋がると信じたいと思います。
△査定の様子

先週までの副町長査定が終わり、その中で町長が新規事業や次年度以降にも継続する事業についての方向性を示すものとなります。
町村財政の自主財源は少なく、国からの普通交付税や補助金に頼らざるをえない面があります。そして国が『起債』という形で自治体としては借金となりますが、後で交付税措置として返ってくるものもありますがそれが過度なものになるといわゆる借金で自由な行政執行が出来なくなります。
地域からの要望やこれからの地域づくり、そして過去からの事業による借金などを総合的に考えなけばなりません。
各課からは切実な地域の要望や必要な施策について上がってきますが、どうしても全体の中から希望に添えないものもあり、それまで職員が苦労して積み上げてきたを思うと辛いものがあります。
しかしながら、これで今回はダメでも次に繋がることがあります。常に新しいことや絶対にこれから必要な事を追い求めることが職員のモチベーションに繋がると信じたいと思います。
△査定の様子

Posted by 大屋誠 at
22:05
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2024年02月02日
長野県シニア大学木曽学部卒業式・修了式
2日、県木曽合同庁舎で長野県シニア大学木曽学部の卒業式及び修了式が行われて出席しました。
△式の開催を告げる看板

今年度卒業するのは木曽郡内、塩尻市から受講された18人の皆さんです。また今年度修了されて2年次に進む方も18人の方です。
△卒業証書を受け取る皆さんです。

△式辞を述べる西垣木曽学部長さん

卒業された皆さんは社会参加やより深い知識を求めて入学しましたが、コロナ禍の中で一年次の時の活動には制限がありました。昨年5月の感染症類型の見直し以降は通常のカリキュラムに沿って進められたとの事でした。
学習内容は『地域づくり講座』、『健康づくり講座』や個人の希望でデジタルカメラの操作や書道、俳句など学ぶ『趣味・選択講座』など多種の内容となっています。
当町からも4名の方々が受講し今日の晴れの卒業式となりましたが、遠くは塩尻市から通った方もおられます。
『自分の人生』において年齢も違う、周囲の環境も違う方との出会いは一歩踏み出す事でガラリと変わるのではないでしょうか。
18人の地域リーダーが今日羽ばたいて行きました。
△式の開催を告げる看板

今年度卒業するのは木曽郡内、塩尻市から受講された18人の皆さんです。また今年度修了されて2年次に進む方も18人の方です。
△卒業証書を受け取る皆さんです。

△式辞を述べる西垣木曽学部長さん

卒業された皆さんは社会参加やより深い知識を求めて入学しましたが、コロナ禍の中で一年次の時の活動には制限がありました。昨年5月の感染症類型の見直し以降は通常のカリキュラムに沿って進められたとの事でした。
学習内容は『地域づくり講座』、『健康づくり講座』や個人の希望でデジタルカメラの操作や書道、俳句など学ぶ『趣味・選択講座』など多種の内容となっています。
当町からも4名の方々が受講し今日の晴れの卒業式となりましたが、遠くは塩尻市から通った方もおられます。
『自分の人生』において年齢も違う、周囲の環境も違う方との出会いは一歩踏み出す事でガラリと変わるのではないでしょうか。
18人の地域リーダーが今日羽ばたいて行きました。
Posted by 大屋誠 at
15:40
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