2018年10月24日
第63回木曽官材市売特別記念市、第34回日本美林祭
木曽官材市売が主催する第63回特別記念市、第34回日本美林祭が町内萩原地籍にある林業振興センターで開催されました。
この日は、王滝村の瀬戸川など郡下の山から伐り出された“木曽檜”を主とした五木を始め、“信州プレミアムカラマツ"約550立米が取引されました。
下河原土場にずらりと並べられた原木はそれぞれの地で数百年という歳月の風雪に耐えながら巨木に成長したという風格を示していました。
資料に「木曽檜」と「きそひのき」の2つの表記があったので、興味が湧き森林管理署の方にお聞きすると漢字表記が天然木、平仮名表記が人工林のものだそうです。
一昨年、全国植樹祭で天皇皇后両陛下がお手播きになる檜製の箱を上松技術専門校で作ったというので見せて頂いた事があります。天皇陛下の播かれる箱は天然木、皇后様が播かれる箱は人工林で育ったヒノキということでしたが、素人の私でも一目瞭然に分かるほど天然のものは木の色や艶、きめ細かい年輪が際立っていたのを思い出しました。
△下河原土場の様子

△木曽檜(王滝村瀬戸川の天然林で育った檜、樹齢は300年くらい?)

△信州プレミアムカラマツです。プレミアムと名がつくカラマツは、樹齢約80年を超えるものを云いますが、このカラマツは特に太いので90年は超えているのではと森林管理署の方は話していました。

この日は、王滝村の瀬戸川など郡下の山から伐り出された“木曽檜”を主とした五木を始め、“信州プレミアムカラマツ"約550立米が取引されました。
下河原土場にずらりと並べられた原木はそれぞれの地で数百年という歳月の風雪に耐えながら巨木に成長したという風格を示していました。
資料に「木曽檜」と「きそひのき」の2つの表記があったので、興味が湧き森林管理署の方にお聞きすると漢字表記が天然木、平仮名表記が人工林のものだそうです。
一昨年、全国植樹祭で天皇皇后両陛下がお手播きになる檜製の箱を上松技術専門校で作ったというので見せて頂いた事があります。天皇陛下の播かれる箱は天然木、皇后様が播かれる箱は人工林で育ったヒノキということでしたが、素人の私でも一目瞭然に分かるほど天然のものは木の色や艶、きめ細かい年輪が際立っていたのを思い出しました。
△下河原土場の様子

△木曽檜(王滝村瀬戸川の天然林で育った檜、樹齢は300年くらい?)

△信州プレミアムカラマツです。プレミアムと名がつくカラマツは、樹齢約80年を超えるものを云いますが、このカラマツは特に太いので90年は超えているのではと森林管理署の方は話していました。

Posted by 大屋誠 at
10:55
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2018年10月22日
「夢と挑戦」公民館特別講演会
21日、日曜日、町公民館において宇宙の小惑星イトカワの探査機"はやぶさ“計画に携わった佐藤弘さんをお招きした講演会がありました。
佐藤さんは上松町のご出身で、現在でも時折実家を訪ねて来て家の管理をされているとの事です。“はやぶさ"については、一時通信が途絶えてしまったという波乱万丈の宇宙飛行を終え、貴重なサンプルを持ち帰って来たという事で報道にも大きく取り上げられました。
「夢と挑戦」という演題でしたが、冒頭にはエアバックの会社で、戦後、製造業として最大の負債を抱えて倒産したタカタの例を挙げて不適切な情報管理と問題発生後の対応の不手際、トップとしての責任説明などものづくりにかける思いを話されました。
また、宇宙技術開発に関して日本が予算が少ない事、宇宙開発への各国のスタンスの違い、例えば有人飛行なのか無人なのかなど素人にも分かりやすく現状を話して頂きました。
現在は”はやぶさ2“が小惑星リュウグウのサンプリングを採取しようとしており、この10月に予定されていたとのことですが来年1月に延期されたとの事でした。"はやぶさ“の経験を生かして様々な改良がされたとの事であり、来年の事を言うと鬼が笑うと言いますが、本当に楽しみです。
その他にも打ち上げから帰還まで30年余のものが計画されているとの事で、そんな話をお聴きすると、何か毎日セカセカ、「ボ〜と生きている」身にとって新鮮な話題でした。
そして佐藤さんが夢見る少年のように本当に楽しく話されているお姿を見て改めて人は年齢ではない事を知らされました。
会場から「宇宙ゴミはどの様に考えているか」「宇宙人はいると思うか」などいくつもの質問が出て夢を見て挑戦することが重要と考えさせられる講演会となりました。
△佐藤弘先生

△先生の講演は2回目との事です。同級生も多く見えていました。子どもたちにも聴かせたい内容ですので、機会があればお願いしたいと思います。

佐藤さんは上松町のご出身で、現在でも時折実家を訪ねて来て家の管理をされているとの事です。“はやぶさ"については、一時通信が途絶えてしまったという波乱万丈の宇宙飛行を終え、貴重なサンプルを持ち帰って来たという事で報道にも大きく取り上げられました。
「夢と挑戦」という演題でしたが、冒頭にはエアバックの会社で、戦後、製造業として最大の負債を抱えて倒産したタカタの例を挙げて不適切な情報管理と問題発生後の対応の不手際、トップとしての責任説明などものづくりにかける思いを話されました。
また、宇宙技術開発に関して日本が予算が少ない事、宇宙開発への各国のスタンスの違い、例えば有人飛行なのか無人なのかなど素人にも分かりやすく現状を話して頂きました。
現在は”はやぶさ2“が小惑星リュウグウのサンプリングを採取しようとしており、この10月に予定されていたとのことですが来年1月に延期されたとの事でした。"はやぶさ“の経験を生かして様々な改良がされたとの事であり、来年の事を言うと鬼が笑うと言いますが、本当に楽しみです。
その他にも打ち上げから帰還まで30年余のものが計画されているとの事で、そんな話をお聴きすると、何か毎日セカセカ、「ボ〜と生きている」身にとって新鮮な話題でした。
そして佐藤さんが夢見る少年のように本当に楽しく話されているお姿を見て改めて人は年齢ではない事を知らされました。
会場から「宇宙ゴミはどの様に考えているか」「宇宙人はいると思うか」などいくつもの質問が出て夢を見て挑戦することが重要と考えさせられる講演会となりました。
△佐藤弘先生

△先生の講演は2回目との事です。同級生も多く見えていました。子どもたちにも聴かせたい内容ですので、機会があればお願いしたいと思います。

2018年10月21日
蘇南高校総合学科設置10周年創立65周年記念式典
昨日20日 、南木曽町の蘇南高校で総合学科設置10周年、創立65周年記念式典が挙行されました。私が事務職員として勤務したのが30周年の時ですから、あれから35年の月日が経ち感慨深いものがあります。
蘇南高校が生徒数減少により存続が危ぶまれた時にそれまでの普通科、商業科、そして電気科を統合し、総合学科で続けて行く事を決めてこの10年やって来ました。当時の総合学科という選択にはメリット、デメリットがあり、何回も職員が他校の視察や校内での議論を重ねた上での結論であったとお聞きしました。
生徒数が160人を割るような事も当時は心配されましたが、現在190人を超える生徒が学んでおり、カナダのバンクーバーへの語学学習やバトミントンでは県内屈指の強豪校として名が知られるなど地域高校として他校の模範となる学校となっているものと思いました。
蘇南高校は、65年前に地域の熱望により組合立として創立されましたが、グラウンドも地元の人や自衛隊の皆さんが石を除いたりして整備して出来たという、まさに地域挙げての学校づくりであったと思います。
記念式典において卒業9回生の那須野昌隆(よしたか)さん(元西濃運輸社長)が自らの体験をもとに「仕事をする事の喜び」や「感情を持った仕事」の大切さなど生徒にとっても貴重な先輩からのメッセージであったと思います。
西濃運輸のミッションは「物流で国家社会を支える」とお聞きしましたが、73歳となられた今でもかくしゃくたるその姿や時代の先を読む姿には驚かされました。
全国的に見ても少子化の波には抗うことが難しいとは思いますが、卒業した若者が故郷を愛し、誇りを持ち、いつの日か、ともに故郷の地域づくりを担って頂きたいと願う式典となりました。
△生徒代表の草場凛さんの挨拶

△実行委員会から寄贈された檜製下足箱

蘇南高校が生徒数減少により存続が危ぶまれた時にそれまでの普通科、商業科、そして電気科を統合し、総合学科で続けて行く事を決めてこの10年やって来ました。当時の総合学科という選択にはメリット、デメリットがあり、何回も職員が他校の視察や校内での議論を重ねた上での結論であったとお聞きしました。
生徒数が160人を割るような事も当時は心配されましたが、現在190人を超える生徒が学んでおり、カナダのバンクーバーへの語学学習やバトミントンでは県内屈指の強豪校として名が知られるなど地域高校として他校の模範となる学校となっているものと思いました。
蘇南高校は、65年前に地域の熱望により組合立として創立されましたが、グラウンドも地元の人や自衛隊の皆さんが石を除いたりして整備して出来たという、まさに地域挙げての学校づくりであったと思います。
記念式典において卒業9回生の那須野昌隆(よしたか)さん(元西濃運輸社長)が自らの体験をもとに「仕事をする事の喜び」や「感情を持った仕事」の大切さなど生徒にとっても貴重な先輩からのメッセージであったと思います。
西濃運輸のミッションは「物流で国家社会を支える」とお聞きしましたが、73歳となられた今でもかくしゃくたるその姿や時代の先を読む姿には驚かされました。
全国的に見ても少子化の波には抗うことが難しいとは思いますが、卒業した若者が故郷を愛し、誇りを持ち、いつの日か、ともに故郷の地域づくりを担って頂きたいと願う式典となりました。
△生徒代表の草場凛さんの挨拶

△実行委員会から寄贈された檜製下足箱

2018年10月18日
森林が紡ぐ三国の輪(日中韓森林空間フォーラム)
17日、日本、中国、韓国による“森林空間における保養活動推進フォーラム”のレセプションが当町のねざめホテルで開催されました。
このフォーラムは近年、日中韓三ヶ国において森林空間での自然体験を「癒し」と捉え、リフレッシュや健康長寿の観点から個人の健康の維持・増進に役立てようとする取り組みが始まってきている。
日本では、健康を志向する個人的な動きの他に、先進的な企業・医療保険者による森林空間での自然とのふれあいによる心と身体の健康づくりに取り組む動きが見受けられる様になっている。この様な森林の新たな利用形態といえる空間利用の取り組みが進みつつある日本において、中国、韓国の研究者、行政関係者を迎え、各国がそれぞれの取り組みを発表し、意見交換を行い、日中韓三カ国が連携して、今後も、森林空間における保養活動を推進していくことを目的に開催されました。
レセプション会場は、中国語、韓国語、日本語が入り混じる賑やかな会場となりました。
私は歓迎の言葉と乾杯の発声を頼まれ、中国語でウオンシャンハオ、韓国語でアンニョンハセヨなど通じたのか分からない言葉で述べましたが、皆さん納得の顔でしたのでひとまず安心しました。
私のすぐ前には韓国からお迎えした山林庁のキム・トンイルさんが座って頂き、通訳の奥原チャスクさんを交えて歓談させていただきました。また、片方には進行役のミス「みどりの女神」の竹川智世(ちせ)さんが座っていただき韓国の事など楽しく歓談させて頂きました
キムさんはとても優しい笑顔で耳を傾け、美味しそうに当町の吉野地区で作った酒米で醸造したお酒を召し上がっていました。
また、中国から見えた三国事務局次長のハンメイ(韓梅)さん、国家林業草原局ヤン副司長さんとも交流を深める事が出来ました。
本日、18日に赤沢自然休養林を散策し体験していただきましたが、皆さん綺麗な空気に感動され、歴史で守ってきたきたことへの敬意とこれからも守って欲しいと述べておられました。
これからもこうした交流を通じて3カ国の友好の輪が広がり、森林空間の活用のフィールドが広がればと願うものです。
△青色吐息の中国語と韓国語を交え挨拶でした。

△乾杯ですが、日本、中国、韓国ともほとんど同じ発音でした。

△韓国からお見えのキム・トンイルさん、隣は通訳の奥原さんです。キムさんはとても気さくな方で、お酒もチョッピリ強い方でした。

△進行役のミス みどりの女神の竹川さんです。ちょっと緊張ぎみでしたが、無事大役を果たされました。とてもチャーミングな方でした。

△中国の皆さんとのショット

△赤沢を楽しんでいただいた皆さんです。

△おまけです。赤沢はいつもより早い紅葉が進んでいました。


このフォーラムは近年、日中韓三ヶ国において森林空間での自然体験を「癒し」と捉え、リフレッシュや健康長寿の観点から個人の健康の維持・増進に役立てようとする取り組みが始まってきている。
日本では、健康を志向する個人的な動きの他に、先進的な企業・医療保険者による森林空間での自然とのふれあいによる心と身体の健康づくりに取り組む動きが見受けられる様になっている。この様な森林の新たな利用形態といえる空間利用の取り組みが進みつつある日本において、中国、韓国の研究者、行政関係者を迎え、各国がそれぞれの取り組みを発表し、意見交換を行い、日中韓三カ国が連携して、今後も、森林空間における保養活動を推進していくことを目的に開催されました。
レセプション会場は、中国語、韓国語、日本語が入り混じる賑やかな会場となりました。
私は歓迎の言葉と乾杯の発声を頼まれ、中国語でウオンシャンハオ、韓国語でアンニョンハセヨなど通じたのか分からない言葉で述べましたが、皆さん納得の顔でしたのでひとまず安心しました。
私のすぐ前には韓国からお迎えした山林庁のキム・トンイルさんが座って頂き、通訳の奥原チャスクさんを交えて歓談させていただきました。また、片方には進行役のミス「みどりの女神」の竹川智世(ちせ)さんが座っていただき韓国の事など楽しく歓談させて頂きました
キムさんはとても優しい笑顔で耳を傾け、美味しそうに当町の吉野地区で作った酒米で醸造したお酒を召し上がっていました。
また、中国から見えた三国事務局次長のハンメイ(韓梅)さん、国家林業草原局ヤン副司長さんとも交流を深める事が出来ました。
本日、18日に赤沢自然休養林を散策し体験していただきましたが、皆さん綺麗な空気に感動され、歴史で守ってきたきたことへの敬意とこれからも守って欲しいと述べておられました。
これからもこうした交流を通じて3カ国の友好の輪が広がり、森林空間の活用のフィールドが広がればと願うものです。
△青色吐息の中国語と韓国語を交え挨拶でした。

△乾杯ですが、日本、中国、韓国ともほとんど同じ発音でした。

△韓国からお見えのキム・トンイルさん、隣は通訳の奥原さんです。キムさんはとても気さくな方で、お酒もチョッピリ強い方でした。

△進行役のミス みどりの女神の竹川さんです。ちょっと緊張ぎみでしたが、無事大役を果たされました。とてもチャーミングな方でした。

△中国の皆さんとのショット

△赤沢を楽しんでいただいた皆さんです。

△おまけです。赤沢はいつもより早い紅葉が進んでいました。


2018年10月17日
第27回長野県町村会定期総会開催
16日、長野市において第27回長野県町村会定期総会が開催され出席しました。
藤原会長(川上村長)から「全国で自然災害が多発している。大阪の地震、西日本豪雨、北海道胆振の地震などが相次いで発生し、改めて亡くなられた方々の御冥福を改めてお祈りする」という挨拶があり、それぞれの被災地に見舞金を県庁村会として贈らさせて頂いたという報告がありました。
本県も急峻な地形が多く備えをしっかりと取り組んでいく必要があると挨拶されました。また、団塊の世代が後期高齢者となる2040年問題ついても触れ、更なる町村合併や道州制の検討も出てくるのではないかと話されていました。
来賓の阿部知事に三選の祝意を改めて伝え、加えて今後も更に町村との連携をして県政を進めて頂きたいと述べました。
阿部知事は来賓挨拶で「子どもや若者が希望を持てる」、「歳を重ねても安心して暮らせる」、「元気な産業が暮らしを支える」という3つの視点に加えて地域の思いに寄り添う県政を実現するために移動知事室を増やして行きたい、その為にも町村の皆さんの協力を頂きたいと述べていました。
総会は、平成29年度一般会計他7件の議案全て原案通り承認されました。
総会その他の議事において加藤長野市市長から菅谷松本市長との連名で「人生100年時代を見据えた新しい高齢者の定義について」の提案がありました。これは高齢者の定義が現在65歳であるものを75歳に引き上げて定義しようというものです。
この背景には高齢者の身体機能が5〜10年遅延し、若返り現象が見える、平均寿命が80歳を超えることから、65歳以上を高齢者という一般的な見方を変える時期にきているとの考えからだそうです。
この事で、元気な高齢者の方は、支えられる側から支える側になって頂く事を目指して両市で検討を進めて来たとのことで町村会においてもこの趣旨をご理解頂きたいとの事で、会として協力していく事で決定しました。
総会後、医学博士で健康科学アドバイザーの福田千晶さんから「リーダーが知っておきたい健康の常識・非常識」と題して講演があり、普段の飲酒や食生活や日頃の運動など、私には頭の痛い話、反省すべき事など貴重なお話を頂きました。
△藤原会長挨拶

△福田先生の講話

藤原会長(川上村長)から「全国で自然災害が多発している。大阪の地震、西日本豪雨、北海道胆振の地震などが相次いで発生し、改めて亡くなられた方々の御冥福を改めてお祈りする」という挨拶があり、それぞれの被災地に見舞金を県庁村会として贈らさせて頂いたという報告がありました。
本県も急峻な地形が多く備えをしっかりと取り組んでいく必要があると挨拶されました。また、団塊の世代が後期高齢者となる2040年問題ついても触れ、更なる町村合併や道州制の検討も出てくるのではないかと話されていました。
来賓の阿部知事に三選の祝意を改めて伝え、加えて今後も更に町村との連携をして県政を進めて頂きたいと述べました。
阿部知事は来賓挨拶で「子どもや若者が希望を持てる」、「歳を重ねても安心して暮らせる」、「元気な産業が暮らしを支える」という3つの視点に加えて地域の思いに寄り添う県政を実現するために移動知事室を増やして行きたい、その為にも町村の皆さんの協力を頂きたいと述べていました。
総会は、平成29年度一般会計他7件の議案全て原案通り承認されました。
総会その他の議事において加藤長野市市長から菅谷松本市長との連名で「人生100年時代を見据えた新しい高齢者の定義について」の提案がありました。これは高齢者の定義が現在65歳であるものを75歳に引き上げて定義しようというものです。
この背景には高齢者の身体機能が5〜10年遅延し、若返り現象が見える、平均寿命が80歳を超えることから、65歳以上を高齢者という一般的な見方を変える時期にきているとの考えからだそうです。
この事で、元気な高齢者の方は、支えられる側から支える側になって頂く事を目指して両市で検討を進めて来たとのことで町村会においてもこの趣旨をご理解頂きたいとの事で、会として協力していく事で決定しました。
総会後、医学博士で健康科学アドバイザーの福田千晶さんから「リーダーが知っておきたい健康の常識・非常識」と題して講演があり、普段の飲酒や食生活や日頃の運動など、私には頭の痛い話、反省すべき事など貴重なお話を頂きました。
△藤原会長挨拶

△福田先生の講話

2018年10月15日
ひのきの里フォトコンテスト審査
この一年間に亘って上松町内の自然や人、風景を撮り続けた写真愛好家の皆さんから出品して頂いた写真の審査をしました。
いろいろなアングルや技法、シャッターチャンスを狙った個性溢れる写真や極寒の中で待ち続けた瞬間を捉えた力作もあり、私も含め審査される方々も苦労します。
カメラによって撮影された写真は被写体をそのまま捉えますが、そこに映った“もの"や“人”が訴えかけてくる物語があると思います。そんなストーリー
を感じる事が出来ました。
審査の結果、中日新聞社賞、上松観光協会長賞などが贈られます。
△審査員も悩みながら進みます。

△ずらりと並んだ作品


△お祭りの作品も多く作品ありました。



いろいろなアングルや技法、シャッターチャンスを狙った個性溢れる写真や極寒の中で待ち続けた瞬間を捉えた力作もあり、私も含め審査される方々も苦労します。
カメラによって撮影された写真は被写体をそのまま捉えますが、そこに映った“もの"や“人”が訴えかけてくる物語があると思います。そんなストーリー
を感じる事が出来ました。
審査の結果、中日新聞社賞、上松観光協会長賞などが贈られます。
△審査員も悩みながら進みます。

△ずらりと並んだ作品


△お祭りの作品も多く作品ありました。



2018年10月14日
第45回やわらぎのつどい“こじまフェスティバル”
本日、豊田市の“やわらぎ森のスタジアム”において第45回こじまフェスティバルがあり、お招きを頂き出席させていただきました。
今年は、小島プレス工業(株)さんが80周年という大きな節目に当たる年でもあり、記念大会となりました。
南は九州、北は東北の岩手など全国各地のグループ企業から約7千人の社員や家族の皆さんが集まり、ムカデ競争や大縄跳び、綱引きなどの団体競技を20のグループに分かれて競いました。
周辺には小島プレスさんと縁のある市町村から出店した特産品などのブースが並び賑やかな雰囲気に包まれました。
最近、日本の雇用形態やこうした催しが見直される傾向にあるとよく耳にしますが、小島プレスさんは創業者の精神の「和を以って尊しとなす」を45年前から守ってきたとの事、障がい者雇用への取組み、企業内保育園の創設など現代で生きているその先見の明には敬服するばかりです。
△保育園児の可愛くも凛々しいマーチングバンド


△創業者が伝えてきた灯火の聖火が会場に入ります。

△選手宣誓

△上松のブースにもお客様の列が、新人?町職員にも良い経験でした。

△入場前の上松電子チーム。綱引きでは20チーム中3位と大健闘

△ハイテク玉入れ競技装置、球が入ると自動的に計測し、結果は即時にビジョンに映し出されます。これを全国に売ればという声が来賓席の方からも出ていました。

△お楽しみ抽選会、競技の順位の高いグループは占めるルーレットの割合が多くなるシステムです。社員証の番号によって抽選されますが、下位の意外とルーレットの割合が少ないチームが当たっていました。

追伸
このスタジアムや周辺施設(バーベキュー施設や研修施設などがあり、広大な土地と施設に囲まれています)が豊田市のものと思い、「ここは豊田市の施設なんですよね?借りるのも大変ですね」とお聞きしましたら、何と全てが小島プレスさんの土地と施設との事でした。
今年は、小島プレス工業(株)さんが80周年という大きな節目に当たる年でもあり、記念大会となりました。
南は九州、北は東北の岩手など全国各地のグループ企業から約7千人の社員や家族の皆さんが集まり、ムカデ競争や大縄跳び、綱引きなどの団体競技を20のグループに分かれて競いました。
周辺には小島プレスさんと縁のある市町村から出店した特産品などのブースが並び賑やかな雰囲気に包まれました。
最近、日本の雇用形態やこうした催しが見直される傾向にあるとよく耳にしますが、小島プレスさんは創業者の精神の「和を以って尊しとなす」を45年前から守ってきたとの事、障がい者雇用への取組み、企業内保育園の創設など現代で生きているその先見の明には敬服するばかりです。
△保育園児の可愛くも凛々しいマーチングバンド


△創業者が伝えてきた灯火の聖火が会場に入ります。

△選手宣誓

△上松のブースにもお客様の列が、新人?町職員にも良い経験でした。

△入場前の上松電子チーム。綱引きでは20チーム中3位と大健闘

△ハイテク玉入れ競技装置、球が入ると自動的に計測し、結果は即時にビジョンに映し出されます。これを全国に売ればという声が来賓席の方からも出ていました。

△お楽しみ抽選会、競技の順位の高いグループは占めるルーレットの割合が多くなるシステムです。社員証の番号によって抽選されますが、下位の意外とルーレットの割合が少ないチームが当たっていました。

追伸
このスタジアムや周辺施設(バーベキュー施設や研修施設などがあり、広大な土地と施設に囲まれています)が豊田市のものと思い、「ここは豊田市の施設なんですよね?借りるのも大変ですね」とお聞きしましたら、何と全てが小島プレスさんの土地と施設との事でした。
2018年10月09日
上松交番連絡協議会・町交通安全協会役員会合同研修会
3連休の最後の昨日、交番連絡協議会と町交通安全協議会役員の研修会が上田市武石で開催され出席しました。
町を離れてのこうした両会の合同の研修は初めての企画だという事です。吉澤交番所長さんがこの3月まで勤務していた武石交番のある上田市武石へ出かけました。
上田市周辺は、この季節ブドウなどの果物やキノコなど秋の実りのシーズンを迎えます。とりわけ、キノコの王様”松茸“の産地として知られています。途中の鹿教湯温泉では秋祭りが行われており、松茸入りキノコ汁が400円で振舞われておりました。むろん大変美味しく頂きました。
その後、吉澤所長が在任中、懇意にしていた正念寺を訪れ、奥寺浩司住職から平成27年に発見された松代藩初代藩主の真田信之の位牌にまつわるエピソードを拝聴する機会を得ました。
研修はこの3月まで木曽警察署地域課長として勤務されていた岩井丸子警部交番所長さんにお願いして交番の事情を木曽と比べながらお話をお聞きしました。
上田警察署管内の当直業務は大変忙しく木曽の10倍くらいとの事。岩井さんは、この日は明けでほとんど寝ていない状況で講演をいただきました。
木曽署は一過性の事案が多い印象であったが、上田は夫婦間のトラブルなどが多い傾向があるとの事でした。一番多かった宿直時には40件を超える事件があったとの事で、その激務の様子を知ることが出来る研修となりました。
吉澤所長さん、串原さん、他役員の皆さん本当に有難うございました。
△鹿教湯のイベントで松茸のセリをやっていました。木曽義仲が挙兵した事を縁にした太鼓も響きます。


△正念寺の奥寺住職さんです。本堂の再建改築の折に本堂裏に隠された納戸を発見したそうです。床が体重で沈み板が外れて偶然発見されたそうです。
その時には位牌は埃だらけでバラバラになっていて分からなかったそうですが京都の専門家の手により復元されたとのことでした。京都に行くときはダンボールに入れて送ったそうですが、帰ってくるときは丁重に扱いましたとの事など楽しくお話をお聞きしました。

△信之直筆の書もありました。朱印状ですが、赤い印は有りませんが、しっかりと花押が記されているのが本物の証だそうです。

△岩井所長さんの講演

町を離れてのこうした両会の合同の研修は初めての企画だという事です。吉澤交番所長さんがこの3月まで勤務していた武石交番のある上田市武石へ出かけました。
上田市周辺は、この季節ブドウなどの果物やキノコなど秋の実りのシーズンを迎えます。とりわけ、キノコの王様”松茸“の産地として知られています。途中の鹿教湯温泉では秋祭りが行われており、松茸入りキノコ汁が400円で振舞われておりました。むろん大変美味しく頂きました。
その後、吉澤所長が在任中、懇意にしていた正念寺を訪れ、奥寺浩司住職から平成27年に発見された松代藩初代藩主の真田信之の位牌にまつわるエピソードを拝聴する機会を得ました。
研修はこの3月まで木曽警察署地域課長として勤務されていた岩井丸子警部交番所長さんにお願いして交番の事情を木曽と比べながらお話をお聞きしました。
上田警察署管内の当直業務は大変忙しく木曽の10倍くらいとの事。岩井さんは、この日は明けでほとんど寝ていない状況で講演をいただきました。
木曽署は一過性の事案が多い印象であったが、上田は夫婦間のトラブルなどが多い傾向があるとの事でした。一番多かった宿直時には40件を超える事件があったとの事で、その激務の様子を知ることが出来る研修となりました。
吉澤所長さん、串原さん、他役員の皆さん本当に有難うございました。
△鹿教湯のイベントで松茸のセリをやっていました。木曽義仲が挙兵した事を縁にした太鼓も響きます。


△正念寺の奥寺住職さんです。本堂の再建改築の折に本堂裏に隠された納戸を発見したそうです。床が体重で沈み板が外れて偶然発見されたそうです。
その時には位牌は埃だらけでバラバラになっていて分からなかったそうですが京都の専門家の手により復元されたとのことでした。京都に行くときはダンボールに入れて送ったそうですが、帰ってくるときは丁重に扱いましたとの事など楽しくお話をお聞きしました。

△信之直筆の書もありました。朱印状ですが、赤い印は有りませんが、しっかりと花押が記されているのが本物の証だそうです。

△岩井所長さんの講演

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2018年10月06日
木曽南部直轄砂防事業40周年記念式典
昨日5日、大桑村野尻地区館において木曽南部直轄砂防事業40周年記念式典が開催され、国土交通省や中部地方整備局に直接所管する多治見砂防国道事務所の職員の皆さんに加え、関わった歴代所長さんなど多くのご来賓をお迎えして盛大に開催されました。
木曽南部直轄砂防事業は1978年(昭和53年)に事業着手し、当町の滑川砂防などの事業を実施し、現在も国の直轄事業として継続しています。
この事業で実施された滑川第1砂防堰堤は足かけ10年をかけて平成元年に完成いたしました。当時、東洋一の砂防ダムの完成としていたところ、その年の7月の豪雨により一夜にして土砂が堆積しました。これを裏返せばこの時の土砂の量が一気に麓の地域に押し寄せていればどんな悲惨な状況が生まれていたか想像に難く有りません。
以来、滑川第1砂防ダムは下流域の安心・安全な生活を支えて頂いています。
昨年の北九州、今年の西日本の豪雨災害や相次ぐ台風の襲来など住民の皆さんの危機管理に対する意識が高まって来ていると感じています。
記念講演で国土交通省岡本敦保全課長さんが住民理解を深めることの重要性を訴えていました。
砂防事業は奥山の見えないところでの事業が多く、下流域の住民の皆さんの関心もなかなか得難いものもあると思いますが、避難訓練や広報誌、公民館活動などを通じ、いざという時のためにも正確な情報と知識に基づいて行動していただくよう努めていかなければならないと改めて思いました。
今、町では避難所の見直しを進めていますが、自分や家族、周りの人たちを守るためにも自分たちが主体となった取り組みを是非お願いします。
△貴舟会長の挨拶

△岡本保全課長さんの記念講演

木曽南部直轄砂防事業は1978年(昭和53年)に事業着手し、当町の滑川砂防などの事業を実施し、現在も国の直轄事業として継続しています。
この事業で実施された滑川第1砂防堰堤は足かけ10年をかけて平成元年に完成いたしました。当時、東洋一の砂防ダムの完成としていたところ、その年の7月の豪雨により一夜にして土砂が堆積しました。これを裏返せばこの時の土砂の量が一気に麓の地域に押し寄せていればどんな悲惨な状況が生まれていたか想像に難く有りません。
以来、滑川第1砂防ダムは下流域の安心・安全な生活を支えて頂いています。
昨年の北九州、今年の西日本の豪雨災害や相次ぐ台風の襲来など住民の皆さんの危機管理に対する意識が高まって来ていると感じています。
記念講演で国土交通省岡本敦保全課長さんが住民理解を深めることの重要性を訴えていました。
砂防事業は奥山の見えないところでの事業が多く、下流域の住民の皆さんの関心もなかなか得難いものもあると思いますが、避難訓練や広報誌、公民館活動などを通じ、いざという時のためにも正確な情報と知識に基づいて行動していただくよう努めていかなければならないと改めて思いました。
今、町では避難所の見直しを進めていますが、自分や家族、周りの人たちを守るためにも自分たちが主体となった取り組みを是非お願いします。
△貴舟会長の挨拶

△岡本保全課長さんの記念講演

2018年10月06日
第4回白凛祭(信州木曽看護専門学校)訪問
三連休の初日、台風25号が近付く中でしたが木曽町にある信州木曽看護専門学校の文化祭の"白凛祭"にプライベートで行ってまいりました。
看護学校としての歴史は、この春に初めての卒業生を輩出したという新しい看護学校ですが、卒業生全員が一発で国家試験を通ったという実績を有しています。
看護師資格試験の合格率は91%(2018年2月)で合格率そのものは、他の医療職種と比べると高いと云えますが試験そのものの範囲が広いので受験の時となると学生さんは大変です。
会場で二人の来春卒業予定の学生さんに行き合いました。一人は上松出身の学生さんで、「先輩方が全員合格しているのでプレッシャーがある」と言ってました。また、もう一人の伊那から来た学生さんは「祖父母が木曽に住んでいてその縁もあり本校に来た」と言っておりました。
嬉しいことに、二人とも木曽病院に就職したいとのことでした。地域医療を取り巻く環境は厳しいものがありますが、若い力が地域を変えて行く事に大いに期待したいと思います。
また、文化祭に合わせて来春の受験者や将来的に入学を考えている方へのオープンキャンパスも開催されていました。今年は去年よりも来訪者が多くなったと先生が喜んでいましたが、保護者の方の来訪も多かっとのことでした。多くの方が親元を離れて暮らすことになるので保護者の方も真剣に参加されたものです。
看護師の仕事は夜勤があったり、死と向き合う事もあったり、患者本人はもとより家族からのクレームがあったりと大変な仕事ですが、それを上回る喜びや感動が感じられる素晴らしい仕事だと思います。教えている先生方や実習先の看護師もそうした事を乗り越えて一人前の看護師として育っ来ています。焦らず自分らしく看護の道を歩んでいただきたいと思いました。
△白凛祭カウントダウンの表示です。

△文化祭の発表の掲示物が並んでいました。


△看護実習用の人形が迎えてくれました。これはただの人形ではありません。人間の身体のデータを再現しており、私の記憶では一体百万円以上するものです。学生さんも扱いは慎重にと先生に強く指導されているようです。

看護学校としての歴史は、この春に初めての卒業生を輩出したという新しい看護学校ですが、卒業生全員が一発で国家試験を通ったという実績を有しています。
看護師資格試験の合格率は91%(2018年2月)で合格率そのものは、他の医療職種と比べると高いと云えますが試験そのものの範囲が広いので受験の時となると学生さんは大変です。
会場で二人の来春卒業予定の学生さんに行き合いました。一人は上松出身の学生さんで、「先輩方が全員合格しているのでプレッシャーがある」と言ってました。また、もう一人の伊那から来た学生さんは「祖父母が木曽に住んでいてその縁もあり本校に来た」と言っておりました。
嬉しいことに、二人とも木曽病院に就職したいとのことでした。地域医療を取り巻く環境は厳しいものがありますが、若い力が地域を変えて行く事に大いに期待したいと思います。
また、文化祭に合わせて来春の受験者や将来的に入学を考えている方へのオープンキャンパスも開催されていました。今年は去年よりも来訪者が多くなったと先生が喜んでいましたが、保護者の方の来訪も多かっとのことでした。多くの方が親元を離れて暮らすことになるので保護者の方も真剣に参加されたものです。
看護師の仕事は夜勤があったり、死と向き合う事もあったり、患者本人はもとより家族からのクレームがあったりと大変な仕事ですが、それを上回る喜びや感動が感じられる素晴らしい仕事だと思います。教えている先生方や実習先の看護師もそうした事を乗り越えて一人前の看護師として育っ来ています。焦らず自分らしく看護の道を歩んでいただきたいと思いました。
△白凛祭カウントダウンの表示です。

△文化祭の発表の掲示物が並んでいました。


△看護実習用の人形が迎えてくれました。これはただの人形ではありません。人間の身体のデータを再現しており、私の記憶では一体百万円以上するものです。学生さんも扱いは慎重にと先生に強く指導されているようです。
